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今日は特に予定がありません。
妹家族が、やってくるので朝の5時すぎから掃除や食事の準備をしています。
妹家族は…昨日も来ているのに…というか近所なので頻繁に会っているのですが(笑)

本来なら、Wに乗りたいのですけどこの猛暑では厳しいですわ^^;




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熟女二人珍道中!!パートⅡ(写真がヒドイわねぇ)

「川の中に観音様があるんだよ!見に行く?」

私の中のイメージは、小さな川の中に観音様が下半身だけ水に浸かっている状態。

そういえば、TVでそんなのを見たことがあったっけ。



実際行ってみると、全く違っていました。

「小山観音」、「子授け観音」と呼ばれているこの観音堂は、普段は訪れる人も少ないそうで、

岐阜県美濃加茂市の飛騨川の中の岩島にあるのです。



こちらに観音さまが奉られたのには

あの源氏一族の木曾義仲が関わっています。



平安の末期、木曽義仲がこの地で病死した母親の若菜御前の菩提を供養するために訪れ、
大波の中を小船で中の島に渡ろうとした折に、水の中から馬頭観音を背にした龍神が現れて
波を鎮めたことに大いに喜んだ義仲が建てたとの言い伝えが残っている。
 


現在、小山の観音は蚕の本尊としてだけではなく、無病息災、道中安全のほか、
上蜂屋に住んだおしま御前がこの小山観音に祈願して授かった子が
仁済禅師となって出世したことにより子授けの本尊としても人々の深い信仰を集めています。



元々は陸続きだったのですが、下流の木曽川に今渡ダムが完成したことで

周りが水没し、今の状態になってしまったそうです。

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川の中にある島へは、昭和13年に「かんのん橋」が作られ左岸から渡ることが

出来るようになりました。

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本堂の前には、人々にさすられ続けて今ではすっかりお顔の分からなくなった

「なで薬師」がありました。(ピンボケで余計に分からない)

友人と二人、呪文を覚えて唱えていたのですがその呪文もすっかり忘れてしまいました。

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やぶ蚊が多くて、車の中で悶絶する熟女。

人が全くいないお寺は、ちょっと苦手です。




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2013.08.14 
おっさんライダーが珍しく「行ってみようか」と言ってくれたこの場所。

綺麗なお寺だと事前にリサーチしていたので、撮影対象として興味がわいたのでしょう。



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駅から歩いて500mほどすると大きな駐車場と看板が見えてきました。

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三井寺(園城寺)
滋賀県大津市園城寺町246 
TEL:077-522-2238
拝観料500円



天台寺門宗の総本山。境内に天智・天武・持統の三天皇の御産湯に用いられたとされる

霊泉(井戸)があることから「御井(みい)の寺」と称され、後に「三井寺」と通称される

ようになったそうです。



仁王門

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宝徳3年(1451年)の建築で、元は常楽寺にあった門を慶長6年(1601年)に

ここへ移したといわれています。

重要文化財に指定されているが、かなり老朽化していました。

金剛力士像は運慶の作とされています。



参道は緑が深くて美しい。

石段を上がると「金堂」に出ます。

(金堂の写真が撮れていませんでした)



金堂は慶長4年(1599年)に豊臣秀吉の夫人北政所によって建てられたといわれていて

桃山時代の特色がよくでている代表的な名建築として知られています。



三井晩鐘

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鐘楼に吊られている梵鐘があり、「三井晩鐘」として有名なものです。

姿の平等院、銘の神護寺といわれている梵鐘と共に声(ね)の三井寺といわれ、

音色は、とても素晴らしいものだそうです。

総高208.6cm、口径124cm、目方は600貫(2,250kg)

一人一回 300円で鐘を撞くことが出来ますが・・・

日本三銘鐘の一つなので、次回来ることがあれば撞いてみたいですね。



閼伽井屋(あかいや)

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この中に、仏前に供えるための水をくむ霊泉「閼伽井(あかい)」があります。

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コポコポと水が湧き出る音が、しっかりと聞こえます。

この水は天智、天武、持統の三天皇の産湯に使われたと伝えられています。



龍の彫刻

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閼伽井屋の上部に左甚五郎の作と伝えられる龍の彫刻があります。

この龍は夜になると琵琶湖に出て暴れたため、甚五郎が自ら龍の目玉に釘を打ち込み

鎮めたという伝説があります。(ガイドブック参照)



霊鐘堂

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この建物の中には・・・



弁慶の引き摺り鐘

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この梵鐘は奈良時代に鋳造されたものと考えられていますが、佐藤太秀郷が龍神に頼まれ

三上山の大百足を退治したお礼に竜宮からもらって、園城寺に寄進したという伝説があります。



園城寺と比叡山との間で争いが起こったときに、弁慶がこの鐘を分捕り比叡山まで引き摺って

行ったが、比叡山で鐘をついてみると鐘の音がしなかったので、怒った弁慶が鐘を谷底に

投げ捨てた。

これを拾って園城寺に持ち帰ったとも言われている。

これもこの鐘に関する伝説です。



鐘の中部や上側に擦れたような跡が見えますが、これは弁慶がこの鐘を引き摺ったときに

出来た傷であるといわれています。



弁慶の汁鍋

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一部欠けてしまっています。

弁慶が所持していたとされる大鍋で、三井寺の大鐘を奪い取って行った時に残していったとか。

また鎌倉時代の僧兵たちが用いた事から『千僧の鍋』とも呼ばれているそうです。



弁慶鐘みくじ

私達と同じペースで周っていた方たちが引いていたので、私も右に習えで。

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この緑の鐘に入っている中から一枚引いて

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お堂の外にある手水舎で濡らします。

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数秒待っていると、こんな感じに紙の真ん中に数字が浮き出てきます。

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この番号を霊鐘堂の窓口の人に伝えると、おみくじと一緒に

「三井寺百景」のカードがもらえました



一切経蔵内の八角輪蔵

この建物は室町時代の建築とされ、毛利輝元の寄進により慶長7年(1602年)に

山口の国清寺から移築されたものといわれています。

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薄暗くて一人で入るには躊躇します。

輪蔵というのは、まわる書架と言う意味で、一切経を納めた図書館なのだそうです。

この輪蔵には千鳥破風がついており珍しい形状といわれているそうです。




三重塔

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室町時代初期の建築で、もとは奈良の比蘇寺にあったもので慶長6年(1601年)に

徳川家康によって寄進されたといわれています。




唐院の表門 唐院四脚門

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唐院探題灯篭

苔むした感じがなんとも風情があって癒されますね。

唐院は山内でも最も重要とされる一角です。



さて、まだまだ見所はあるようですがここで今回は終わり。





おまけ。。。。

おっさんライダーと私で撮り比べ。

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三井寺で同じ場所にて撮影

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構図もピントの置き方も、ボカシ方も全く違いますね。




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2013.08.10 
実谷山(じっこくさん)極楽寺(ごくらくじ)

静岡県周智郡森町一宮5709
0538-89-7407

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…あっ…これ参拝入口ですから。



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「あじさい寺」と言ったほうが、馴染みがありますよね。

極楽寺のご本尊は阿弥陀如来。

717年に僧行基が開山した古いお寺です。

遠州七福神霊場、遠江十二支霊場のひとつで、遠州三十三観音札所めぐりのなかでも

第三十三番札所でもあります。

普段は無料のようですが、あじさいまつりの時だけ拝観料を支払います。

一般の方が500円、団体の方が400円です。

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拝観券として頂いた小さな絵馬



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アナウンスが入り本堂で15分程度、ご住職のお寺の説明が行われます。

本堂へ入ってみると、お線香ではなく一巻き500円というお香が焚かれていました。

お寺って苦手なのですが、心が安らぎ居心地が良くてご住職のお話を二度も聞いて

しまいました(笑)

極楽寺は二俣城主近江守昌長のゆかりの寺でもあり、その当時はかなり栄えた

お寺だったそうです。

しかし住職不在のときが一時期あり、心無い人に寺内の物品が盗まれたのだと。

本尊の阿弥陀如来座像は鎌倉時代の作で、数年前に仏師に修復してもらったそうですが、

胎内仏はこのときに盗まれたようです。

修復以前は、埃を払おうとしても木片がボロボロという状態。

修復してもらったおかげで、あと千年は大丈夫だと言われたそうですよ。




ほかに欄間…唯一残っているものは兎が彫られていましたが、盗まれた欄間全てが

兎だったのか、十二支だったのか…今では分からないとの事でした。

本尊手前の左右の2本の柱には、有名な左甚五郎の作の唐獅子の彫刻がありましたが

盗難を逃れたのは、横の梁を外さないと取り出せない為だったらしいです。

とても価値のあるものなので、さぞや悔しかったことでしょう(笑)



本堂から右側には二俣城松の間で徳川家康の長男、松平信康が切腹した場所の

「石ずりの戸」があります。

昔はカンナが無かったので、石で平らに削った事で「石ずり」と言うのだそうです。

その戸には墨で松が描かれていました。

唯一その戸だけが、信康の最後を見届けたのでしょう。



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地蔵堂には恵心僧都作、像高30cm程の阿弥陀如来立像(ぽっくり様)。

まだぽっくりと逝きたくはありませんが、しっかりお願いをしてきました。

地蔵堂の格子の天井は絵馬天井で、88枚の鳥、花、犬、馬、女性等の絵が描かれていました。

色は、かなり褪せていて、雨漏りがした跡も見受けられ状態はあまり良くありませんでした。



現在は檀家25件。

檀家の皆さんお元気だそうで、今年は一件も新盆が無かったと笑って話されるご住職。

檀家さんとの良い関係が伺えます。

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紫陽花の見ごろは3週間ほど。

いくら拝観料を取っているとはいえ、たった3週間。

お寺の存続は大変なようで、湯のみやお守りの販売をされていました。

思わず私も般若心経の湯飲みを買うところでした。

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境内には数万本の紫陽花が咲いています。

私が行った時は、少し早かったかな。

この紫陽花は、寺を開創した僧行基が

「極楽へゆく人の乗る紫の雲の色なるあじさいの花」

と詠んだことにちなんで植えられ、「あじさい寺」の愛称で親しまれるようになりました。

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天竜浜名湖鉄道、遠江一宮駅下車徒歩20分です。



ちなみに本堂内は、撮影禁止です。
私も首からぶら下げていたカメラをバックの中へ入れました。
撮影マナーは、守りましょう。



まだまだ続く。。。

次はグルメ編です。



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2013.06.23 
遠州森と言えば「森の石松」

森の石松のお墓があるという大洞院へ。

正式名は

橘谷山(きっこくさん)大洞院(だいとういん)

静岡県周智郡森町橘249

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全国に3,400もの末寺をもつ名刹で、境内には開山以来消えたことのない

「消えずの灯明」など、数々の伝説があり「伝説の寺」とも呼ばれています。



消えずの灯明の火を元火にして、 伝統の餅焼きの行事が、正月三が日行われるそうですが

この餅を食べると1年間無病息災なのだそうです。




駐車場は私の車が1台…・・・( ̄  ̄;) うーん

ちょうどお墓の前に露店が出ていたので、助かりました。



森の石松さんのお墓周辺だけ雰囲気が違いますね(笑)

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門前に清水の次郎長一家で有名な森の石松。

博打打ちにあやかって勝負運が付くと、ご利益を求めて墓石を削り取られ現在の墓は、

昭和54年に再建された3代目。

南アフリカ産黒御影石、高さ180cm、幅75cm、厚さ40cm。

3代目建立と同時に『次郎長翁碑』も建立され、平成7(1995)年に揃って修復されています。

硬い石なのだそうですが、既に周囲が削られています。

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なぜお墓が門前にあるのか?

『ヤ〇ザ』という理由から敷地内ではなく門前になったとか…



山門跡

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このお寺は応永18(1411)年の開創以来、文明7(1475)年、天正12(1584)年、明治9(1876)年の

3度火災に遭い、現在は七堂伽藍の山門も柱石(ちゅうせき)を残すのみです。



大洞院1

この龍門橋のタマネギ形をした擬宝珠8本は、天明5年(1785年)に森町の鋳物師(いもじ)

『山田七郎左衛門』により鋳造されたものといわれ、森町指定文化財となっています。

当時の鋳物師(いもじ)は最新の兵器を製造する技術者であったといわれており、

山田七郎左衛門は天正15年(1587年)、徳川家康から『駿遠両国鋳物師惣大工職』に

任じられたとされています。

真っ赤な橋と周囲の深い緑のコントラストが美しいですね。



少し登った所に鐘つき堂が見えます。

大洞院2

紅葉のシーズンに行かなくっちゃ。



やはり誰もいない一人でのお寺めぐりは、ちょっと…

早々に退散いたしました。



おっさんライダーを放置プレイしたまま神社巡りは続きます。



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2013.06.22 
6月9日 日曜日 

今週も車に乗って天竜浜名湖鉄道へ

おっさんライダーを遠江一宮駅へ降ろし、私一人で天浜線周辺の神社仏閣巡りを

してきます。



小國神社

静岡県周智郡森町一宮3956-1
0538-89-7302
天竜浜名湖鉄道「遠江一宮駅」より送迎マイクロバス(日曜日及び指定日運行)にて
約10分です。



9時前だったので、人が少なく駐車場も空いていました。

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周囲は杉の大木。
参道を歩いていると、とてもすがすがしい気持ちになります。
でも2月から4月上旬までは、近寄れない場所です。
だって私はスギ花粉症だから~ヾ(´∀`*)ノァハハハハハハハハハハ



小國神社の御祭神は「大己貴命(おおなむちのみこと)」です。
一般には「大国様」 の名前で親しまれており、「因幡の白うさぎ」で赤裸のうさぎを
助けられた神話が有名ですよね。

大国様


参道を歩いていくと、左側に事待池

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神社に祈願して、事のままにじっと待ち、願いが叶ったらお礼に池に鯉を放つ事から
「ことまちのいけ」と言うそうです。
池の水を「いぼ」に付けると「いぼ」がとれるというので「いぼとり池」とも言のだとか。

シミとかシワも取れるといいのに^^;



さらに歩いていくと、正面に拝殿が見えました。

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小国神社は、徳川家康をはじめ、多くの武将の信仰を受けてきた歴史ある神社です。
島根県にある出雲大社とも縁が深く、それはこの神社の名前にもあらわれています。
かつて出雲大社を「大国」と称していた時代がありました。
ご祭神も同じである出雲大社を敬う美称から「小国神社」とされたようです。



おみくじ

こんなに並んでいたら、素通りできないでしょ。
もちろん引いてみましたよ。



0609-30

そう…私には人に言えない悩みが…(悩みは吐き出しちゃうけど)
焦らず、騒がずかぁ…よく分かっているなぁ私の事。
もがいたり、あがいたりしちゃうのよねぇ。

おこないをつつしむ!?
あちゃーって感じですよね。
「つつしむ」って何?って感じの人間ですから私。
肝に命じます。



0609-4

徳川家康が戦さの道すがら、ここへ参拝した折に石に座って思案して立ち上がり、
天下を取ったと伝えられている石であることから、人生再起のご利益があると言われる。

大きさが手ごろで、柵もされていないし…
こんな時に誰かと一緒だと「ちょっと座ってみよ~っと」って事が出来そうだけど
一人だと流石のこの私でも、恥ずかしくて座れなかった。



0609-5

杜のシンボルであった大杉は昭和47年に台風で倒れ、現在は境内隅に巨大な根株が保存されて
いるようです。
この杉は「大杉」と呼ばれ、樹齢は既に千年余りと言い伝えられている貴重な御神木の1つです。



0609-6

老木のため、中が空洞になっていて年輪の確認が出来なかったが、縁の年輪を数えただけでも
優に500年を数えたという。
古老より願掛杉又は福寿杉とも虫封杉とも伝われ洞穴に散錬して心願を祈っています。
しめ縄の間に、たくさんのお賽銭が入っていました。



調べながら現在ブログを書いていますが、見落としていた所がたくさんあります。
いつも調べてから現地へ出向かないので、こんな事になってしまうのですが
近いうちに改めて小國神社へ行くと思います。
初めて行った時とは、また違う想いで参道を歩くのでしょうね。
楽しみです。



次は、森の石松のお墓で有名な「大洞院」です。




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2013.06.21 
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